エッセイ「声への依存」という価値

スタエフの誰かの配信を聴き始めたきっかけは
ほとんどの場合は「情報」が欲しいからである

「タイトルが気になった」
「興味のあるカテゴリーで上位になっていた」
などのきっかけにより聴き始める

スタ友(スタエフ友だち)が配信の中で
紹介していたから、という場合もあるだろう
これもやはり「情報」が目当てだ

しかし毎日のようにその人の配信を聴いていると
いつのまにやら自分が求めているものは
「情報」ではなくなる

「情報」があるに越したことはないが
なくても良くなってくるのだ

いつしか自分の求めるものは
「情報」ではなく
その人の「声」そして
そこから伝わってくる雰囲気やエネルギーとなる

その人がたいしたことを話していなくても
声が聴ければそれで満足なのだ

顔も知らないのに
声だけすごく知っていて
今日はなんだか元気ないなとか
いつもと収録場所が違うなとか
わかってしまうもんだから面白い

そしていつもの人の「声」を聴かないと
どこか落ち着かない
その人の「声」を聴くことが
毎日のルーティンになっている

このような状態は「声への依存」と言えるのではないか

「依存」と言ってしまうと
ネガティブなイメージを
持たれてしまうかもしれないが
そうではない

この「声への依存」こそが
これからのスタエフを盛り上げていく
重要な要素となるに違いない

お互いに「声への依存」をしていこうではないか

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