エッセイ「同窓会」というマウント合戦

もうすぐ高校の同窓会がある
行くか否か少々迷ったのだが
結局行かないことにした

なぜならマウントの取り合い合戦に
参加したくなかったからだ

どこの大学を出たのか
どこの企業で働いているのか
どんな仕事をしているのか
子どもは何人いるのか

相手にそのつもりがなくても
マウントをとられているように
感じてしまうことだってある
自分に自信がなければ
余計にそのように感じてしまうものだ

以前の私はそういうものに幸せがあるのだと
思っていた

良い大学を出て
良い会社に入って
適当な年齢で結婚して
子どもを産んで
そうすれば幸せになれると思っていた

たぶんそう思っている同級生は多いだろう

そもそも私は大学に行っていないため
この基準で言うと
第一段階からつまづいているわけだが・・・

そういったわけで
高校の同窓会は肩身が狭い

それでも言語聴覚士をやっているうちは
なにか聞かれても答えられたからまだ良かった

しかし今は答えられない

かわいい子どもがいて
発信活動を楽しんでいて
それなりに幸せなのだが
残念ながらまだなにも実績を残せていない

彼らのマウント合戦に太刀打ちできない

いや、そもそも比較するものでもない
指標が違いすぎる
彼らは以前の私のようにしか
幸せの基準を設けていないだろうから

だから気にする必要はないとわかっている

しかし、今はまだ会いたくない
ちゃんと実績を出してから
胸を張って彼らに会いたいのだ

だから今回は行かないことにした

次の同窓会までに実績を出して
マウント合戦なんて気にしないほどの
自信をつける

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