エッセイ「かわいい」という洗脳 ①
私がうまれる1年と少し前に
姉がうまれた
しかしうまれつきの心臓の病気で
姉は1週間しか生きられなかったそうだ
両親が悲しみに明け暮れている中
新たに私という命がうまれた
両親にとってこの上ない喜びであったことは
想像に難くない
幸い元気にうまれてきた私を両親は
「かわいいかわいい」と
必要以上にかわいがった
そして、甘やかした
両親も、祖父母も
過保護であり過干渉であったが
愛されていると実感することはできた
たぶん私はそれを当たり前だと思っていたのだと思う
世の中みんなが
両親や祖父母のように
私のことを愛してくれると思い込んでいた
そして
「かわいいかわいい」
と言われ育てられたことで
「自分はかわいいのだ」
と勝手に思い込んでいた
小学校に入り、中学校に入り
徐々に自分が
「言うほどかわいくないこと」に気が付いた
社会人になり
世の中にはむしろ敵の方が多いことを知った
「かわいいかわいい」と言われ育てられてきた私の幼少期は幸せだったと思う
しかし「かわいい」は紛れもなく洗脳だった
「自分はたいしてかわいくない」
という現実を知り
世間の洗礼を受けたときの空虚感は
なかなかに冷酷だ
今振り返って思う
女の子に対し親が
「かわいいかわいい」と言って甘やかすことは
後々その子のためにならないのではないか
続く。