飛べない鳥と白い犬
わたしの名前は「しろ」
とあるおうちで飼われている、その名の通り白い犬
随分短絡的な名前だ
飼い主のお母さんがペットショップでわたしをみつけ
真っ白でふわふわな毛並みに一目ぼれして
数十万出してわたしを買ったんだって近所のおばさんに自慢してた
人間の世界では白い色を美しいと感じるみたい
花嫁さんも真っ白なドレスを着ているしね
そいえばわたしの犬種はなんだったかな
忘れちゃった
とにかくわたしは真っ白でふわふわな毛並みをしていて、
それがわたしの自慢。正確に言うと自慢だった
彼に出会うまでは
彼は、お散歩の途中で立ち寄った、
飼い主のお母さんがいつもお話をするおばさんの家の庭にいた
思わずわたしは彼に話しかけた
「あなたの羽、すっごくきれいね」
私は彼の羽の色に魅了された
ぼくは鳥
青い鳥、いや、青というよりは緑に近いのかもしれない
まぁあまり興味がないからどっちでもいい
しかし最近こんなぼくの羽の色をきれいだと言う子に出会った
彼女は真っ白でふわふわだ
犬の中でもかなりの美しさなんじゃないのかな
彼女はきれいだと思うのだが隣の芝はさぞかし青いのだろう
彼女はぼくをうらやましそうにながめていた
そして言った
「あなたの羽、すっごくきれいね」と。
ぼくは彼女に返した
「ありがとう、でもぼくはきみのようにお散歩できることが
とてもうらやましいよ」
彼女はけげんな顔でぼくをながめた
ぼくは鳥かごの中にいる
すぐそこに青空があるのにぼくには行けない
わたしは毎日毎日、彼の、
青とも緑とも言えないきれいな羽の色を思った
世の中にはあんなすてきな色があるんだとあこがれた
相変わらず飼い主のお母さんはわたしの真っ白でふわふわな毛並みがお気に入りだ
毎日毎日ブラシできれいにしてくれる
時々美容院にも連れて行ってくれる
ある時飼い主のお父さんが小さなかわいいイスをつくっていた
近所に住む孫の男の子が遊びに来た時に座れるように作っているらしい
わたしは飼い主のお父さんのこともお母さんのことも孫の男の子のことも大好きだ
そしてみんな、ふわふわで真っ白な私が大好きだ
でも私はなんだか少しずつ自分のことが好きでなくなっていた
真っ白でふわふわな毛並みは嫌いではないのだけれど
心のどこかで違和感を抱いていた
これは私がありたい姿ではないような気がする
ぼくは青い空をながめた
すぐそこに空があるのにぼくはそこへ行くことができない
飛ぶことができない
鳥かごがぼくの邪魔をする
水も食べ物も何不自由なくもらえてはいるけれど、
ぼくは自由に飛び回ることができない
あの真っ白でふわふわな彼女はどうしてあの時
けげんな顔をしたんだろう
「散歩はしているけれど首輪とリードで繋がれているから
別に自由じゃないし」とでも言いたかったんだろうか
確かに彼女は繋がれてはいたけれど
少なくとも鳥かごの中のぼくよりかは自由じゃないか
たくさん動き回れるじゃないか
それに飼い主のおばさんにも溺愛されているみたいだし
幸せそうに見えたけどな
何が不満なんだろう
そしてぼくはいつになったらこの鳥かごから出られるのだろう
ある時私は見つけてしまった
きれいな緑色のペンキを
飼い主のお父さんが孫の男の子に作っていたイスにぬるためのものらしい
しかしわたしはこれはわたしのためにあるのだと思った
彼のきれいな羽の色には遠く及ばない色だけれど
それでも私にはその緑のペンキが私を変えてくれるような気がしてならなかった
私は一目散にペンキの入れ物に駆け寄った
前足でひっくり返しペンキをあたりへぶちまけた
そしてそのペンキの上で寝そべり、わたしは全身緑色になった
飼い主のおかあさんの自慢の、ふわふわで真っ白なわたしは
緑色になった
飼い主のおかあさんの自慢の犬は真っ白ではなくなった
ぼくの家にまた彼女が来た
ぼくは目を疑った
真っ白だった彼女はうすいくすんだような緑色になっていた
飼い主のおばさんの話によると緑色のペンキの上に寝そべり
何度も何度も洗ったけれど真っ白には戻らなかったらしい
おばさんは随分残念そうだ
ふわふわで真っ白な彼女のことをたいそう自慢していたから
無理もないだろう
彼女は言った
「あなたみたいな色にはなれなかった、洗われちゃったしね
でも少しは理想の色に近づけて満足してるのよ」
変わった子だ
飼い主のおばさんは真っ白な彼女のことをあんなに気に入っていたのに
そしてそれを彼女もわかっていたはずなのに
それでも彼女は自分の意志を突き通し行動したのだ
ぼくは思った
他人が自分に求めている姿と自分のなりたい姿
これらが乖離している場合、どちらを選ぶべきなんだろう
少なくとも彼女は自分のなりたい姿を選んだ
人がどう思うかなんて関係ない、芯の通った強さを持っているんだ
飼い主のおかあさんはわたしが真っ白でなくなって残念そうだ
それでも変わらずにわたしをかわいがってくれる
本当に良い人にめぐり合えてわたしは幸せだ
そんなわけで飼い主のおかあさんには
ちょっと申し訳なくも思うんだけど、わたしは後悔していない
以前の真っ白なわたしも嫌いではなかったけれど
今の、少し緑がかった毛色のわたしが大好きだ
これが本当のわたしなんだと思う
飼い主のおかあさんはいつかわかってくれるかな
わたしはあこがれの緑の羽をした彼に話しかけた
彼は相変わらず、お散歩で立ち寄るおばさんの家の庭にいた
どうして彼はあそこでじっとしているんだろう
どうして青空へはばたいていかないんだろう
けがをして飛び立てないのかな
それともあのおばさんのことが大好きで離れたくないのかな
気になったわたしは彼に聞いてみた
「どうしてあなたは空へ飛び立たないの?」
くすんだ緑色になったあの子は不思議そうな顔をしてぼくにたずねた
「どうしてあなたは空へ飛び立たないの?」
彼女は何を言っているんだ
ぼくは鳥かごの中にいるから飛び立つことなんてできないじゃないか
ぼくが以前「きみのようにお散歩できることがうらやましい」なんて
言ったからイヤミを言っているのか
いや、イヤミを言うようなタイプには見えない
どちらかと言うと純粋すぎるくらい純粋で素直で
嘘はつけないタイプだろう
そう、彼女は自分自身に嘘がつけないからこそ真っ白を捨てて、くすんだ緑色になったのだ
ぼくはわけがわからなかった
そして仕方なくこう答えた
「ぼくは鳥かごの中にいるから飛び立てないんだよ」
彼女は戸惑ったような顔をした
彼は不思議なことを言った
「ぼくは鳥かごの中にいるから飛び立てないんだよ」
なんでだろう
鳥かごなんてどこにもない
今回だけじゃない
最初に出会った、わたしが彼の羽の色に魅了されたあの日から
私は鳥かごを一度も見ていない
だから彼はいつでも飛び立てるはずなんだ
自由に青空を飛び回ることができるはずなんだ
なぜなら彼は鳥かごの中にいないから
それなのに彼はあの庭でずっとたたずんでいる
飛び立とうともせず
そして広い空に、自由に、あこがれている
矛盾している
なんでなんだろう
彼は何をおもっているのだろう
迷ったけれど彼に伝えることにした
「鳥かごなんてどこにもない、あなたは自由よ」
彼女のことばを聞いてぼくは思い出したことがある
それはいつだったか、今より少し前
そしてここではない別の場所
ぼくはたしかに鳥かごの中にいた
青空のもとで飛び回りたくて何度も何度も飛び立とうとした
しかし毎回鳥かごにからだをぶつけ、飛び立つことはできなかった
何度も何度もチャレンジしたけれどそれはかなわなかった
しかしあるとき鳥かごのドアが開いたんだ
なんで開いたのかはわからない
ただぼくはその隙に飛んだ
捕まってまた鳥かごの中に入れられないように
ただひたすらに飛んだんだ
でも普段鳥かごの中にいたからなのか
ぼくは長い間飛べるだけの体力は持ち合わせていなかった
どれだけの距離を飛んだのだろう
気が付いたら今いる家の庭で寝ていたんだ
そしてぼくはどうやら勝手に
自分は鳥かごの中にいると思い込んでいたようだ
彼はこれまでのことを思い出したと言っていた
彼が鳥かごの中にいると思い込んでいたことにはちょっとびっくりしたけれどなんだかわかるような気もする
彼は長い間自由が欲しかったけれどもそれがかなわなかった
しかしせっかくそれを手に入れたのに、
今度は彼自身が見えないかごを作り上げてしまっていたんだ
こうなんじゃないか、こうしなきゃいけないんじゃないかっていう
不安や恐れが見えないかごを作り出し
それによって彼は彼自身を束縛してしまっていたんだ
見えないかご それは誰かの価値観
見えないかご それは世間体
見えないかご それは自分自身のあきらめ
彼は見えないかごから解放されそして青空へ飛び立っていった
私は自分のなりたい色になって走り回っている