欲しいものはひとつしか手に入らない~映画「国宝」で感じたこと
本日よりPrime Videoで映画「国宝」が
配信開始となったので
午後から母と自宅テレビで鑑賞した
私はおよそ1年前に1度映画館で鑑賞している
もう一度見たいと思っていたものの
結局行き逃し今に至る
というわけでおよそ1年ぶり2回目の鑑賞となった
1回目も2回目も
映像のきれいさ、迫力
所作の美しさ、歌舞伎のすごさなどなど
もちろん感動したのだが
それらにも増して私の心に大きく居座る感情がある
それは
欲しいものはひとつしか手に入らない
しかもそれは気の遠くなるような努力の末に
ようやくつかめるものだ
ということ
「国宝」の制作陣がこれを伝えるために
このとんでもない映画を作ったのかは知らない
しかし私はこのように感じた
私たちは
食欲も性欲も物欲も承認欲求も満たしたがり
キャリアも家庭もお金もなにもかも手に入れたがる
しかしなにもかも手に入れることは困難で
どれかひとつであったとしても
簡単に手に入るわけではないのだなと感じた
そこに必要なのは
血のにじむような努力と
他の事柄の妥協やあきらめ
何かを犠牲にしてはじめて
手に入れられるものなのかもしれない
二刀流の大谷翔平選手は
どれだけとんでもないお方なんだろうと思う
(しかもご家庭も幸せそうだなぁ)

さてこの理論からすると
離婚して幸せな家庭を手放した私は
そのぶんの空白を
発信活動の成功にまわせるはずだ
そのために血のにじむような努力を継続しなくちゃね


